一年で一番長い日 67、68双子の小悪魔どもめ。可愛くないったら可愛くないぞ。心の中でぶつぶつ悪態をつきながら、俺は新しく淹れられた紅茶を啜った。芙蓉は氷のいっぱい入ったグラスでアイスティ。ストローを摘む指の先、ネイルがきれいに塗られているのをぼんやりと眺める。 「まだあるよ、マフィン。もっと食べる?」 自分用のティーカップをテーブルに置いて葵が言う。俺は首を振った。 「もう充分だよ、ありがとう」 カップを皿に戻す。かちゃりと小さな音がした。 「今回、俺は一応、高山氏から葵くんの行方を捜してほしいと頼まれたんだが・・・」 ああ、ため息が出る。 「どうするべきなんだろうな。どうやら高山氏の言う『葵くんはひと月前から行方知れず』というのは嘘みたいだし」 葵は面白そうな顔をしているし、芙蓉は謎めいた微笑みを浮かべているだけだ。・・・どうしてやろうか、こいつらは。俺は軽く腹が立ってきた。 「葵くんは今ここにいますと高山氏に報告しても、意味がないような気がするのは俺だけじゃないと思うんだけど?」 俺は交互に二人を見やった。 「君たち兄弟と高山氏が対立しているのは分かったよ。分からないのは、君たちにしろ、高山氏にしろ、俺にどんな役割を求めているかだ--俺を駒にして、どんなゲームをやってる?」 「俺はポーンか? ルーク? ナイト? それともビショップか? 少なくともクィーンやキングではなさそうだ」 「・・・<歩>かな?」 しばらく考えて、葵が言う。将棋かよ。しかも一番下っ端か。 「それでもいいさ。『歩の無い将棋は負け将棋』っていうしな」 俺は嘯いてやる。 「なあ、一体俺に何をさせたいんだ? 猫に嬲られてるみたいな気がして不愉快だ。少しは事情を話してもらえないのか?」 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ 「別に嬲ったりしてるつもりはないんだけど」 「そう、弄んだりしてるつもりはないんだけど」 ハモるように二人が言う。お前らはマナカナか。 俺は疑いの目でじっとヤツらを見つめた。 「ほんっとうに百パーセントそんなつもりはなかったって、誓えるか?」 俺の問いに、そっくりな二人は揃って微笑みだけを返した。微笑返し? キャンディーズか、お前らは。 「・・・三十パーセントくらいは俺のこと嬲ったり弄んだりしたって顔してるぞ、二人とも」 俺は小悪魔兄弟を睨みつけた。にもかかわらず、葵も芙蓉も楽しそう笑っている。忌々しい。 「そういえば、変な電話もよこさなかったか?」 「変なって・・・? ああ、あれか。『夏至のあの日、芙蓉を殺したのはお前か?』ってやつでしょ?」 事もなげに葵は言った。 「うん。あの電話は俺。ウケた?」 「ウケるか、アホ!」 俺はテーブルを叩いた。痛っ! 強く叩きすぎた。思わず打ちつけた手をさすりたくなったが、根性で耐えた。 「だってさ、あなたちっとも思い通りに動いてくれないんだもん」 「思い通りって、どんなふうに」 痛みにうっすらと浮かんだ涙を無視して、おれは訊ねる。 うーん、と葵は唸ってみせた。芙蓉と目を見合わせる。 「もっと慌てて大騒ぎすると思ったんだよね。死体を見つけたら」 「それなのに、静かに逃げて行ったわね。あの人の兄さんとは思えなかったわ」 あの人の兄さんって・・・え? 俺はまじまじと芙蓉のきれいにメイクアップされた顔を見つめた。 「俺の弟を知っているのか?」 ようやく出た声は、自分でもしわがれているなと思った。 弟は、俺のことを兄さんと読んでいた。小さな頃はお兄ちゃん、と。同じ顔なのに、同じ背丈なのに、何も変わらないのにそう呼ばれることが、俺は本当は苦手だった。 「知ってるわ。お世話になったもの」 芙蓉は俺の問いに頷いた。 「あの人、兄さんががいるって言ってたし。あなた、瓜二つみたいにそっくりよ。私たちも他人のことはいえないけれど」 次のページ 前のページ ジャンル別一覧
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